米国国立公文書館イベント:映画 "Freedom Riders"

ワシントンDCに住んでいることの特権は、政府機関、スミソニアン博物館、諸々の非営利研究団体主催のイベントに無料で参加できることです。私達が調査を行っている米国公文書館においても、政治家を招いての講演会、アメリカ人に人気の家系調査(Genealogy)の講習、特別写真展示などほぼ毎日何かのイベントが行われています。下記のウェブサイトに、イベントの情報が載っています。http://www.archives.gov/calendar/

 

先日、"Freedom Riders"(フリーダム・ライダーズ)という、ドキュメンタリー映画の上映会がありました。1961年当時のアメリカでは、すでにバスの中やバス停、レストランでは、人種別の場所を設けることは禁止されていましたが、南部では徹底されていませんでした。それぞれ黒人と白人の数人から成る2つのグループが、この状況を変えたいと願い、バスに一緒に乗り、ワシントンDCからルイジアナ州ニューオリーンズを目指して旅をしました。彼らは、「フリーダム・ライダーズ」と呼ばれました。バスの座席では、違う人種が隣同士に座り、白人専用の待合室を、黒人が一緒に使いました。すさまじい人種差別の中で、暴力が振るわれることは予測できましたが、非暴力で闘うことを決意していました。

 

This photograph was downloaded from the National Archives website at http://www.archives.gov/global-pages/larger-image.html?i=/dc-metro/events/images/2011/may/freedom-riders-l.jpg&c=/dc-metro/events/images/2011/may/freedom-riders.caption.html, May 14, 2011.

 

途中までは大きな問題は起こらなかったのですが、深南部のアラバマ州に入り状況は変わります。暴徒と化した白人達が、バスを取り囲み、タイヤをパンクさせ、窓ガラスに物を投げ入れ、火を付けます。たまらず、煙から逃れて外にでてきたフリーダム・ライダーズ達に対し、暴力が振るわれます。本来は市民を守るはずの警察のトップすらも、狂信的な人種差別主義者であり、彼らを守ろうとはしてくれません。

 

結果的には、二つのグループとも、目的地ニューオリーンズまで行くことは出来ず、計画をあきらめることになりました。しかし、この運動に共鳴したテネシー州の学生達が、大学卒業を棒に振ってまで、フリーダム・ライダーズの一員としてニューオリーンズまでバスに乗ることにしました。

 

またもやアラバマでは大変な暴力を受けます。特にフリーダム・ライダーズの白人は、裏切り者として、最も酷い暴力の対象となりました。暴力をふるったり、暴言をはくのは、白人男性だけでなく、赤ちゃんを抱っこした白人の女性までいました。

 

フリーダム・ライダーズの運動は、当時外交政策が最重要課題であり、また南部を刺激したくないケネディ政権すらも動かします。ロバート・ケネディ司法長官が、州の介入に消極的だったアラバマ知事を説得し、フリーダム・ライダーズは、無事にアラバマをバスで通り過ぎることができました。

 

しかし隣の州ミシシッピーに入り、フリーダム・ライダーズは白人専用の場所から移ることを拒否したために、警察に逮捕されてしまいます。牢獄に入れられた彼らは、歌を歌い、抵抗を示します。やがて、彼らの運動に共鳴したさらなる人々が、全米からミシシッピー州のジャクソンを目指しやって来て、同じように逮捕されていき、牢獄がいっぱいになってしまいます。様々な人種、宗教、出身地の人々がいました。フリーダム・ライダーズは、無名の人々の小さな運動から始まりましたが、1964年の公民権法制定、すなわち人種差別の撤廃へとつながって行くのです。

 

上映会では、監督と共に、五十年前にフリーダム・ライダーズの一員として運動に参加した四人の方々が紹介されました。満員の客席から、大きな拍手とスタンディングオベーションで迎えられました。

 

最近のワシントンポストの記事によると、人種差別は法としては撤廃されたものの、1970年代頃から、人種による分離は広がっているとのことです。また、一人の元フリーダム・ライダーは、五十年前に命懸けで闘った運動を、今の若い世代が理解しようとせず、また彼らが積極的に、差別の問題について関わりあおうとはしないことへの不安を証言していました。

 

人種差別問題は根が深く、解決は難しく思えます。しかし、今回のイベントを通して、正義のために戦った人々から勇気をもらいました。過去から学んでいくことの大切さを実感した一日となりました。(HK)