68年前の観光都市別府、キャンプ・チッカマウガ

私の出身地大分県の誇る観光名所、別府温泉郷。活火山の鶴見岳と硫黄山の麓に広がる別府市街地には2千箇所以上もの温泉源が存在します。足湯など小さなものを含めると数百もの温泉があり、地元の人をはじめ多くの観光客を癒してくれます。

 

そんな自然豊かな別府の街に68年前アメリカ軍のキャンプ地が存在しました。187th Airborne Regimental Combat Team(通称:Rakkasans)によるCamp Chickamaug(キャンプ・チッカマウガ)での駐屯生活は、戦後1946年から1956年の10年間続けられました。その当時の写真や映像などの史料が米国国立公文書館カレッジパーク別館に多数保管されています。

 

写真にはキャンプ敷地内の教会や図書館などの施設、またそこで暮らすアメリカ兵の生活の様子が写っていて当時の様子をうかがい知る事ができます。また映画館やビリヤード場の設置されたクラブも存在したようで、写真を見る限りではまるでアメリカそのものです。

 

Photograph No.SC-499910 “View of the Enlisted men “Rakkasan” CLUB, for men of the 187th Airborne Regimental Combat Team at Camp Chickamauga, Beppu, Kyushu, Japan.” 23 November 1954. Record Group 111; National Archives at College Park, MD.


下の写真は1954年11月に撮影されたものです。アメリカ兵達が別府観光と称して、地獄めぐりを楽しんでいます。地獄の入り口にある鬼を訝し気に眺めるアメリカ兵の姿が印象的です。

Photograph No.SC-499931 “Soldiers of the 187th Airborne Regimental Combat Team Stationed at Camp Chickamauga, Beppu, Kyushu, Japan. View of the Idols outside one of the Shrines in Beppu.” 23 November 1954. Record Group 111; National Archives at College Park, MD.


硫黄の匂いがする地獄ゆで玉子は彼らにとってどんな味だったのでしょうか。

Photograph No.SC-499937 “(L to R) CPL William P Stewart, (Montgomery, ALA); CPL Angel Arellano, (Santa Monica, CALIF); and CPL Mamerto Perez,(Robstown, TEXAS) try to eat some eggs which were cooked in the waters of “Green Lake” hot springs, at Beppu, Kyushu, Japan.” 23 November 1954. Record Group 111; National Archives at College Park, MD.


こちらの写真はキャンプ敷地内の下士官兵の居住施設です。写真右奥が鶴見岳です。

Photograph No.SC-499911 “View of Enlisted men’s Quarters, at Camp Chickamauga, Beppu, Kyushu, Japan. Home of the 187th Airborne Regimental Combat Team.” 23 November 1954. Record Group 111; National Archives at College Park, MD.


そしてこちらが現在のキャンプ・チッカマウガの跡地です。上の写真と比べると撮影した場所は全く同じではありませんが、背後にたたずむ山々は当時のままです。

画像元;Wikipedia

この土地は1957年日本に返還された後、1975年までは陸上自衛隊別府駐屯地として使用され、1976年に別府市に返還されました。その広大な敷地は別府公園として現在は市民の憩いの場となっています。


別府公園では毎年12月のクリスマス時期になると、冬粋彩(とうすいさい)というイルミネーションのイベントが催されます。公園内の数百本もの木々がライトアップされる様はとても幻想的で、私も毎年出かけていました。今でも公園内には、当時のアメリカ兵達が駐屯生活中に植えたヒノキが残っていて、チッカマウガ・ツリーと呼ばれています。当時はクリスマス時期になると、故郷に残した家族を想い、木々にイルミネーションを施していたそうです。そんな彼らの想いが70年近く経ち当時を知らない人々へも受け継がれているのは、感慨深いものがあります。(SP)