戦後の選挙のポスター

東京のある地域に関する資料調査のために、該当地域の地図資料が入っている箱を見ていたときに、たまたま目にしたフォルダーの中に、とても面白い資料を見つけました。なので、今回は、それらの資料を紹介したいと思います。

 

太平洋戦争の敗戦を迎えて、日本は、マッカーサーを最高司令官とする連合国軍が日本に入り、間接統治の時代に入りました。これまでの軍国主義を排除し、政治、経済、社会の民主化が推進されました。そうした中でそれまで制限されていた選挙も、改正され、すべての満20歳以上の男女が、参政権を持てるようになりました。戦後初めての総選挙―衆議院選挙は、1946年4月10日に行われ、翌年の1947年4月20日には最初の参議院選挙が行われました。

 

上の資料は、1950年(昭和50年)の第2回参議院選挙を6月4日に控えて、選挙に投票を呼び掛ける山梨県選挙管理委員会と調査弘報課と呼ばれる部署が作った選挙推進ポスターです。このポスターには、こんなことが書かれています。(この記事に掲載した資料はすべて一つのフォルダーからのものですのでその情報は、最後に述べます。)

 

「あなたの生活面は、ドレもコレも政治という大きな手で支配されている。税金も、住宅も、教育も、賃金も、景気・不景気も、食料も、衣料も、ドレもコレも政治という手で支配されている。あなた方が、この手を支配するのです。新憲法下での民主政治では、あなた方が自分の代表を選んで、あなた方の希望通りの政治を執るのです。あなた方は、諸々の候補者、征討、県ではその業績背景に至るまで注意を怠ってはなりません。真に民衆の利益になるように政治を執る人を選び、自己本位に政治を執ったり、民衆を煽動したりしる人を排撃すべきです。常にあなた方の代表者の行動を監視せねばなりません。」

 

戦前及び戦時中の日本の在り方を反省し、これからは民主主義の世の中を作っていくのだという前向きな、かつ熱意を感じさせるようなポスターだと思います。主権者である国民が、自分たちの意思を政治に反映させるために、行われる選挙は、民主主義社会において、もっとも重要でかつ基本のものであるはずです。

 

それは現在の私達にとっても、選挙を通じて国民の意思を反映させること、よりよい社会にしていく上で、本当に大事なことであり、同時に候補者も、選挙の重みをしっかり認識して、国民のためによりよい政治と社会を目指してすべてに真摯に取り組まなければいけないと思います。そうしたことを、あらためて思い起こさせるようなポスターの1つであると思います。

 

上のこのポスターもとても面白いです。当時の候補者は、該当での立会い演説会や、ラジオ、新聞や選挙公報などを通じて、それぞれの首長や公約を国民に訴えていたかと思います。が、口先やうわべの、または見せかけの印象だけで選ぶと、実はその候補者は、お金の札束でなんでもしようとするような不適格な人物であるかもしれないので、選挙をする国民は、良い候補者を選ぶために、よく調べることが大事であると、全国の選挙管理員会(都道府県市町村選挙管理委員会)が呼び掛けています。

 

こうしたことは、本来至極当たり前のことだと思うのですが、現代に生きる私達にとっては、とても新鮮であり、斬新であると思えてしまいます。

 


上の左側のポスターは、選挙で選ぶ候補者は、「脅迫、買収、馳走、情実(個人的な利益や感情によって公正さを欠かす)、縁故」にとらわれて行動するような人物ではなく、「国民の声を政治に活かす人、公約を忠実に実行する人、識見人格の高い人、正直で信頼できる人、国民の福祉を常に考えている人」であるべきだとしています。

 

下のポスターは、衆議院と参議院の権限と役割、任期や、地方選出と全国選出などについての説明をし、また選挙権や、不在者投票制度などについても質問をしているものです。


 

こんなものもありました。下の資料は、当時の数枚にわたる候補者名簿のうちの1枚です。当時の政党の自由党、緑風会、日本社会党、日本共産党、無所属、国民民主党、労働者農民党、親米博愛勤労党、宮城県開拓者連盟といった政党名が見えます。

 

 

1950年6月4日の第2回参議院選挙に関する情報だけでなく、当時の地域の様子がうかがえるような情報も入ったポスターもありました。下のポスターは、事業をしている人を対象とした青色申告、農業災害補償、馬の流行性脳炎の予防注射、結核予防、新着映画の巡回、赤十字募金、山梨県の歌の募集などが見えます。

 

国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3つを基本原理とした日本国憲法は、1946年11月3日に公布され、1947年5月3日に施行されました。下のポスターは、1950年の5月の3日の憲法記念日に、この憲法は、守られているのかといった討論会を開催したり、地方自治の在り方を考えたりしようとするもので、こうしたポスターからも、当時の意欲や熱意が伝わってきます。

 

1950年は、戦後からようやく立ち治りつつあった時代であったかと思います。が、戦後の連合軍の占領政策も1940年代後半以降は、米国と当時のソビエト連邦との対立から、次第に転換していき、1950年6月25日には朝鮮戦争が勃発し、日本は新たな国際政治の枠組みの中に取り込まれていくことになりました。

 

今回の記事に使いました資料の情報は以下の通りとなります。

 

RG331 (Allied Operational & Occupation Headquarters, WWII) Supreme Commander for the Allied Powers (SCAP) Civil Affairs Section Kanto Civil Affairs Region Maps of Kanto, Box 2790, File 8. National Archives in College Park, MD 

 

この箱は、関東地域の地図が収められている箱の1つであり、この箱の中の、ある地域の地図が入っているフォルダーが私の調査の対象でした。他のフォルダーにはどの地域の地図が入っているのかとたまたま目を通したときに、フォルダー名が何も書かれていないものがあり、そこに色のついた資料が入っているのが気になり、それをよく見たら選挙関係のポスターでした。地図のカテゴリーにそうした資料があったことがとても意外でありましたので、急遽、この記事で、ご紹介することにしました。このフォルダーには、これらのポスターの他、山梨県の選挙管理委員会関係の資料と山梨県の地図も入っていました。偶然に見つけた形となりましたが、とても興味深く、選挙の重要性についてあらためて考えさせられました。

 

今年も皆様には大変お世話になりました。来年もいろいろな挑戦があると思いますが、ひるむことなく、前進していければと思っております。来年も何卒よろしくお願い申し上げます。(YMN)