2026年もすてに半年が終わろうとしています。トランプ政権発足後2年目に入り、米国は益々混迷の一途をたどっています。現政権による昨年の政府機関の職員の大量解雇、そして世界の各地のおける戦争や、AIの導入などのいろいろな影響の中で、米国内での州や郡といったレベルや民間企業でも人員解雇が進んでいます。また公立、私立を問わず大学レベルでも人員整理や研究費の縮小が進み、博士課程に進みたくても研究費が出ないようなのでさらなる進学をあきらめた学生達も少なくなく、またせっかく博士課程入学の合格を手にしたにもかかわらず大学側の研究費が確保できないためにその合格そのものを取り消されてしまったといったひどい話も聞いています。また、日常生活においても、ガソリン、食料他すべての物価がどんどん高くなっており、とても生きにくい時代になってきたなあと思うこの頃です。
さて先日たまたま1950年代の写真を見る機会があったのですが、下の1枚が目に留まりました。これは1959年5月18日に当時のドワイト・D・アイゼンハワー大統領(Dwight D. Eisenhower:写真左)が、ホワイト・ハウスで、スペインの芸術家のジョアン・ミロ(Joan Miró:写真中央)に1958年度グッゲンハイム国際賞を授与している様子です。ミロの右隣りにいるのは、ハリー・F・グッゲンハイム(Harry F. Guggenheim)で、叔父のソロモン(Solomon Robert Guggenheim)が作ったニューヨークのグッゲンハイム美術館を継いだ人物であり、彼らの後ろの左が、グッゲンハイム美術館のデイレクターのジェームズ・ジョンソン・スウィーニー (James Johnson Sweeney)、そして彼の隣がスペイン大使のホセ・M・デ・アレイサ(Jose M. de Areilza)です。
President Dwight D. Eisenhower presenting Joan Miró with the International Solomon R. Guggenheim Award. The presentation was made in the Oval Office of the White House. The persons pictured include Mrs. Miro, Harry F. Guggenheim, James Johnson Sweeney, and Jose M. de Areilza. 5/18/1959. No. 72-3090. RG 79 (Records of the National Park Service 1785 – 2006) White House Albums 1953-1961. NAID: 563882321. Dwight D. Eisenhower Library, Abilene, KS. https://catalog.archives.gov/id/563882321
このグッゲンハイム国際賞の受賞は、パリにあるユネスコ本部内に設置された、ジョアン・ミロと友人の陶芸家ジョゼップ・リュイス・アルティガス(Josep Llorens Artigas)の共同制作作品である『太陽の壁』(Wall of the Sun)と『月の壁』(Wall of the Moon)という2つの陶板壁画が高く評価された結果でした。
ジョアン・ミロ(Joan Miró:1893-1983)の作品は、世界によく知られており、日本でもこれまで何回か展示がされて昨年でも大きな回顧展が開催されていたかと思います。上記の写真を見て、「そういえば、ワシントンDCのフィリップス・コレクションで今春から始まったこのジョアン・ミロの展示が今も開催されているはず。」と思い出し、早速そこに行ってみました。
Joan Miró. Mural for the Terrace Plaza Hotel. 1947. From Cincinnati Art Museum on Miró and the United States exhibition at Phillips Collection. (6/17/26 筆者撮影。)
米国でもミロの人気はすでに戦前から高まっていましたが、ミロが初めて米国を訪れたのは1947年のことで、米国の若手の芸術家達と交流をしました。それをきっかけとして、同年、ミロが、米国のシンシナティの「テラス・プラザ・ホテル(Terrace Plaza Hotel)」の最上階にあったレストランのために制作した壁画が、上記の作品です。1956年にこのホテルは売却されることになり、この作品は、シンシナティ美術館に所蔵されました。この作品が制作された年は、戦後から2年経って世界が前向きになっている時代背景もあるかもしれませんが、宇宙船かなと思われるものであったり、目の形をした乗り物のようでもあったり、ふわふわとカラフルなものが浮かんでいる不思議な世界は宇宙であり、無限の広がりを持っている世界を表していると思えました。
Joan Miró. The Diamond Smiles at Twilight. 1947. On loan from a private collection, on Miró and the United States exhibition at Phillips Collection. (6/17/26 筆者撮影。)
この作品は、『黄昏に微笑むダイヤモンド』というタイトルで、そのタイトルそのものがなんともおしゃれで遊び心にあふれているものだと思いました。この制作も1947年となっています。夜空に輝く星や月を描いたものだと思いますが、なんだか音楽が奏でられているようにも見え、夜空の世界が幻想的でもあり楽しいものでもあると思えてきました。次元はまったく異なるのですが、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』もふと思い出してしまいました。
Joan Miró. Person Throwing a Stone at a Bird. 1926. From the Museum of Modern Art, New York on Miró and the United States exhibition at Phillips Collection. (6/17/26 筆者撮影。)
こちらは、「鳥に石を投げる人」というタイトルの作品です。画面の白い一本足の怪物のようなものは人間で、鳥に向かって石を投げるという行為は、子ども時代のいたずらのようにも思えますが、私には、人類誕生のころから狩猟をしてきた歴史または人間が自然を征服してきた歴史のイメージにもあるのかしらとも思いました。この作品は1926年に制作されましたが、第1次世界大戦が終わり、国際協調体制がつくられていく一方で、民族主義や権威主義の台頭もあり、その後の大恐慌も含めて世界は再び激動していく前提の時代でもあったと思います。日本でも大正から昭和の時代に入っていく時代でもありました。そんなことを考えるとこの作品も夢幻的なようでも、なんとなく不気味な雰囲気も醸し出しているようにも思えます。
ジョアン・ミロ(Joan Miró:1893-1983)は、スペインのカタルーニャ自治州内のバルセロナで生まれ、彼は1911年の18歳の時にうつ病と腸チフスを患ったために療法生活に入ったようですが、翌年にはバルセロナの美術学校に入り、本格的に画家を目指すようになりました。彼はパリにも行くようになり、そこでピカソ他たくさんの芸術家達との交流も深めました。当時は、最初の世界戦争である第1次世界大戦が終結したあとで、その惨禍を体験したヨーロッパの芸術家たちは、ヨーロッパの文化や理性が愚かな戦争を引き起こしたとらえ、強い虚無感(ニヒリズム)を抱き、これまでの常識やルール、そして既存の美術の在り方そのものを批判し破壊していくべきだとするダダイズムを広めていきました。またそうした動きから、もっと人間の無意識な部分や夢といった人間の内面性を重視して、人間の本当の姿を表現しようとするシュールリアリズム(超現実主義)といった運動がさかんになってきました。そうした環境の中にいたミロの芸術活動はどれほど刺激的であったか本当にはかりしれないと思います。
1930年代後半までにミロの世界的な名声は高まっていきましたが、スペインでは、1936年にフランコ将軍が率いる反乱軍(ファシスト)と反ファシストの共和国軍との間で熾烈な戦闘を3年間し続ける内戦時代に突入してしまいました。ミロは家族とともに、パリへ逃れて生活をしましたが、その後ドイツ軍の侵攻をうけために、ノルマンディーに移り、さらなるドイツ軍の侵攻をうけ、そのあとはスペインのマヨルカ島に移り、戦後にはそこにアトリエを作り活動の拠点とし、最後まで精力的に芸術活動を展開しました。フランコ独裁政権のスペインは、第2次世界大戦中は中立を保ちつつもドイツやイタリアから支援を受けていました。戦後しばらくは国際的に孤立していましたが、米ソの冷戦体制の中で、スペインは米国を含む西側諸国との関係を保つようになりました。が、フランコ独裁体制そのものは1975年まで続きました。こうした情勢の中でも、ミロは体制に迎合することはなく、独自の静かな抵抗をし続けたと言われています。
ミロが第2次世界大戦中の時期の中の1940年から1941年にかけて描き続けたシリーズとして『星座(Constellations)』という作品がよく知られています。もともとは23枚からなる作品で、抽象化された星や鳥や人間が描かれており、一度みたら忘れられない不思議な絵画になっています。当時のオリジナルは世界各地の美術館や個人コレクターのものになっているなどしてばらばらに存在しているようですが、1959年の段階で、オリジナルの作品をステンシル技法で再現したものがあり、それらは、今回の展示作品の中にも入っていました。以下はそれらの一部になります。
Left: Sunrise (日の出)
Right: The Escape Ladder(脱出の梯子)
Left:People at Night, Guided by the Phosphorescent Tracks of Snails (夜、カタツムリの残す燐光の跡に導かれる人々)
Right:Wounded Figure (傷ついた人)
Left:Ciphers and Constellations in Love with a Woman (女性に恋する暗号と星座)
Right:The Passage of the Divine Bird (神鳥の通り道)
All six images from Joan Miró. Constellations 1959 on Miró and the United States exhibition at Phillips Collection. (6/17/26 筆者撮影。)
これらは、一見ファンタジーにも見えますが、中には、戦火から必死に逃げてきたミロと彼の家族の苦難、また彼らを含む一般の人々の精神的かつ身体的苦痛であったり、戦場で戦死したり負傷したりする兵士の姿なども、想像させる作品もあり、またそうした過酷な現実に決して負けずミロが芸術家として必死に彼の精神世界と自由を守ろう、広げようと努力し、また困難な状況を克服できるようにという祈りも込めていたのではないかと私は思いました。
最後に紹介するのは、ミロの自画像です。
Self-Portrait 1937-1960. On loan from a private collection, on Miró and the United States exhibition at Phillips Collection. (6/17/26 筆者撮影。)
ミロは自画像を何度か制作したようですが、描き重ねて、最終的な自画像となったのが、この作品です。太い黒で書きなぐったような筆使いですが、とても力強いものになっていると思いました。年を重ねても彼の画風は進化を止めることはなかったと感じました。
フィリップス・コレクションで開催されているジョアン・ミロの展示は、戦後のミロと米国との画家たちへの影響をテーマにしたものでしたが、私自身がミロの作品には以前から興味を持っていたので、今回はミロの作品の紹介になりました。自分の母国での内戦、そして第2次世界大戦と戦争が続く中でも、彼は反骨精神を持って、芸術家としての自由と精神世界―人間の根源的なものを守ろうと闘っていたと思います。
今年で米国は建国250年目を迎えます。が、現政権の中では、そうしたものを祝う気にもなれないのが正直な気持ちです。が、米国が250年目を迎えるまでには、いろいろな人々の悪戦苦闘があり、努力があったことを忘れてはいけないと思います。ジョアン・ミロの展示は、現在の混迷する米国社会にとっても、また先が見通せないなんとも世界においても、非常に意味があり、私個人は彼の作品に大いに勇気づけられたところがありました。なので、長い道のりであっても、またどんなにささやかでもあっても、抗い続けることが必要なのだとあらためて思っています。(YNM)
