日本 ~NARAのオンライン検索から~

米国国立公文書館(NARA)のウェブサイト検索では、キーワードや年代、記録群の番号から大まかに対象資料の検索をすることが出来ます。その中には、既にオンライン化されている資料や映像、写真などが含まれています。このオンライン検索を使って“Japan”とだけ入力して検索をしてみたところ、147,696(5/7/2020現在)もの結果表示がされました。今回は、その中からオンライン化されている日本に関してのカテゴリーや年代の異なる様々な写真資料をいくつか選んでみましたのでご紹介します。

 

カリフォルニア州パサデナ市では1890年(明治23年)から毎年元日にローズパレードと言って、思い思いに花々で装飾した山車が行進する華やかなパレードが開催されているそうです。こちらは1917年(大正6年)に出場した時の模様です。山車には花や植物が飾られ、着物を着た女性達が乗っているのが分かります。(参照:https://tournamentofroses.com/events/rose-parade-history/

 

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クリントン大統領家の猫

1993年、第42代目の米国大統領のビル・クリントン一家はペットの猫と一緒にホワイトハウスに引っ越して来ました。 その猫の名前はソックス(Socks the cat)といいます。ビル・クリントンがアーカンソー州の州知事だった時に飼い始めました。一流政治家の猫というと、血統付きの猫かと思いますが、このソックスは白黒の短毛のぶち猫で拾われた猫でした。

 

ソックスに関する資料はアーカンソー州のクリントン大統領図書館にありますが、NARAのオンラインでも見ることができますのでいくつか紹介していきます。

 

これはクリントン大統領の肩に乗るソックスです。

 

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アメリカ合衆国のイメージ

情報局(USIA: United States Information Agency)のポスターから

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アンセル・アダムス氏 と米内務省壁画プロジェクト

(米国国立公文書館の資料より)

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第一次世界大戦中のアメリカ合衆国の食料政策

1914年に勃発した第一次世界大戦により、ヨーロッパでは深刻な食料不足に陥りました。1917年にアメリカ合衆国は参戦し、政府の食品局(United States Food Administration)の責任者に任命されたハーバート・フーヴァー(Herbert Hoover)は、ヨーロッパの同盟国や派遣したアメリカ兵に食料を供給するため、アメリカ国民に愛国心による自発的な協力を促すキャンペーンを始めていきました。(参照:https://www.history.com/news/food-rationing-in-wartime-america)

 

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発疹チフスの流行と予防対策

戦後1946年頃の日本では、国内の衛生状態が悪化した事に加えて、海外からの引揚げに伴う結核やコレラ、マラリア、発疹チフスなどの感染症が流行していました。この中でも、発疹チフスの患者数は3万2300人強と急増していたそうです。(参照:発疹チフスとは:NIID国立感染症研究所:https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/517-typhus.html

 

今回は、全国各地で発疹チフスの蔓延を防ぐために予防に取り組んでいた当時の様子を米国国立公文書館の写真資料からご紹介します。

 

下の写真は東京のデパートで予防注射を受ける為に並んでいる人々の様子です。壁には「定期乗車券所持の方には発疹チフス豫防注射を行ひます。東京都衛生局防疫課」「ご希望の方にはDDTを撒布致します。 東京都衛生局防疫課」との張り紙が貼られています。

 

※DDT(Dichloro Diphenyl Trichloethane: 有機塩素系殺虫剤)は、日本では1971年に販売が禁止されました。

 

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米国の病院船の活躍

米国では2020年現在、米国海軍船(USNS: United States Naval Ship)の中の、マーシー(Mercy:T-AH19)とコンフォート (Comfort:T-AH20)という二隻の病院船が米海軍の指令のもとで運用されています。この巨大な二隻の船には地上にある病院よりは規模は小さいながらも同様の設備が整っており、その名の通り運航を続けながら患者を治療できる動く病院であります。設備だけではなく、常に様々な科のスペシャリストも米軍関係者と共に乗船しており、負傷者の治療は勿論ですが、必要に応じて手術を行う事も可能とされています。

 

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コメディアン

新型コロナウィルス(COVID-19)が全世界的に猛威を振るう中、日本を代表するコメディアンの志村けんさんが闘病の末に逝去されました。 昭和、平成と多くの自分のテレビ番組を持っていた第一人者を失ったのは大変残念で惜しまれます。

 

志村さんのような有名なアメリカのコメディアンの資料(写真)も米国国立公文書館のオンラインカタログで見ることができます。

軍と関係する組織で米国慰問協会(USO-United Service Organizations)というのがあり、この組織を通じて、多くのコメディアンを含む芸能人は海外の米軍基地に慰問に行きます。

普段、米国国立公文書館で資料に接していて、よく目にするのがボブ・ホープ(Bob Hope)です。少し昔の人なので若い世代の人はご存知ないかもしれませんが、アメリカでは大変有名なコメディアンでした。ボブ・ホープは米国慰問協会の活動にとても熱心で第二次世界大戦時の1941年からペルシャ湾戦争の1991年までの約半世紀、そしてその公演数は57回に及びました。

 

これはベトナム戦争中の1966年12月19日のクリスマス公演でベトナムを訪れた時の写真です。

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1918年のインフルエンザとの戦い

2019年末から始まった新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) は、現在では世界中に広がり、経済的にも社会的にも非常に深刻な打撃を与えつつあります。自分自身もいろいろな不安を抱えながら毎日を生きていますが、今の状況をなんとか冷静に客観的に考えなければと思っています。

 

米国国立疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)は米国の感染症対策の総合研究所であり、現在の新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)においても、米国内外問わず、絶えずいろいろな情報の収集や研究をし、対策を提示し、世界的にも主導的な役割を果たしている機関です。(参照:https://www.cdc.gov/

 

この米国国立疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)には、米国の歴史の中で深刻な影響を及ぼした感染症についての歴史的記録や医療関係や一般の人々の取り組みに関するサイトもあります。今回は、その中から、今から102年前の1918年に米国で爆発的な感染を起こしたインフルエンザ問題についてのサイト、そして関連して米国国立公文書館にある写真についてご紹介をしたいと思います。

 

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米国の女性参政権運動とそれを根底から支えた女性達

2020年もあっという間に3月を迎えてしまいました。コロナウイルス感染問題は今は、世界全体に深刻な影響を与えておりますが、時間がかかっても関係各国が協力してなんとか改善に向かうようにと切に願っております。

 

米国国立公文書館でのある資料調査の過程で、たまたま米国の女性参政権運動やそれを根底から支えた女性達に関する写真資料を見つけることになりました。今回はそれについていくつかご紹介をしたいと思います。

 

米国の女性参政権が正式に成立したのは、アメリカ合衆国憲法の修正第19条として、1919年6月4日の議会での可決、そして、正式に批准されたのは1920年8月18日のことでした。今年は、ちょうどその100年目に当たります。しかしながら、女性の参政権を獲得するまでには実に長い道のりがありました。米国の女性参政権の歴史に関するサイトはたくさんあると思いますが、特に米国議会の下院に歴史資料サイトの中の、女性の権利の歴史がとても参考になります。(参照:The Women’s Rights Movements, 1848-1920: https://history.house.gov/Exhibitions-and-Publications/WIC/Historical-Essays/No-Lady/Womens-Rights/

 

下記の写真は、1871年1月11日に当時の女性参政権獲得に向けて積極的に活動していたオハイオ州出身のヴィクトリア・ウッドハル (Victoria Woodhull)という女性が、初めて米国議会の下院の司法員会で女性の参政権の必要性を訴えた時の様子を描いた資料です。

 

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東京オリンピック – 1964 -

今年は、日本で史上第2回目となる、『東京2020オリンピック競技大会』が開催される年です。

 

日本では、この第32回目の夏季オリンピック大会に向けて着々と準備も進み、盛り上がりが膨らんで来ている事と思いますが、ここアメリカでも『今年のオリンピックは東京で開催されるね!』と言った会話の話題に上るほど、人々のオリンピックへの関心が強いことが感じ取れます。それだけに、この4年に一度の競技の祭典は、世界中の人々が注目するイベントであり続けているのだと思います。

 

1964年に日本初またアジア地域初の夏季オリンピックが東京で開催されました。今回は、ここ米国国立公文書館に保存されているUSAオリンピックチームを中心に記録した第18回東京夏季オリンピック大会の写真、動画、テキスト資料をご紹介したいと思います。

 

1964年の東京オリンピックでは当時の最新の放送技術が使われました。開会式では、史上初めて静止衛星を利用して、米国にテレビ生中継が行われたそうです。こんな背景を物語る国務省の資料がありました。下の資料は当時のアメリカ合衆国国務次官であったウィリアム・アヴェレル・ハリマン氏(William Averell Harriman)に宛てた『オリンピック競技大会のテレビ報道』に関しての覚書です。東京オリンピックに向けて、独占放映権を持つ米国NBCニュース関係者や議会議員とのやり取りが記されています。その中で通信放送衛星シンコム打ち上げに関連する事柄、その打ち上げに大きく携わったジョセフ・ビンセント・チャリク氏(Joseph Vincent Charyk )の名前も度々記されており、EBU(欧州放送連合)関連や日本側の対応などの記載がされています。

 

ほんの一部ではありますが、この資料の合間から読み取れる経過を経て、東京オリンピックが多くの人々に観戦された事はとても興味深く思いました。

 

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ハリエット・タブマン

昨年からハリエット・タブマン(Harriet Tubman)という黒人女性の実話をもとにした映画「ハリエット(Harriet)」が上映されています。先月この映画を見に行ってきましたが、主人公ハリエットの強い意志と行動力に感銘を受け、彼女の軌跡をたどることのできるハリエット・タブマン地下鉄道ビジターセンターや博物館などを訪れてみました。

 

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