戦争中の米国のポスター

1939年9月に第2次世界大戦は勃発し、ドイツが各戦闘で勝利をし、日本の動きもさらに活発になっていくなかで、1941年1月に、米国のフランクリン ルーズベルト大統領は、年頭教書の中で、言論および表現の自由、信仰の自由、欠乏からの自由、恐怖からの自由という4つの自由を提唱し、これは連合国側の戦争の目標ともなりました。(FDR and Freedom Speech at Franklin Roosevelt Museum and Library: https://www.fdrlibrary.org/four-freedoms

 

この教書の11カ月後、真珠湾攻撃をきっかけとして太平洋戦争が始まることになりました。国を挙げての戦争遂行は、国民の軍隊への加入はもちろん、兵器増産をはじめとしてありとあらゆる産業での増産と節約や女性の社会参加などをさらに一層推進することになりました。こうした国民を総動員しての戦争遂行の努力は、当時の新聞やラジオはもちろん、ポスターやリーフレットの作成にも表れることになりました。

 

そうした時代のポスターやリーフレットが米国国立公文書館にはたくさんあります。米国国立公文書館の検索サイトで、「戦争ポスター (War Posters)」という言葉で検索するといくつかのシリーズが出てきます。それらのうち、「第2次世界大戦ポスター」(WWII Posters 1942-1945: https://catalog.archives.gov/id/513498 )というシリーズでは、全部で2829という総数がでてきます。これらはこのサイト上で見ることができ、そのサイト上で、著作権情報が特に記載されていない限り、自由にダウンロードができるようになっています。これらの中で、特に私は、情報管理に関わるスローガンに興味を持ちました。

 


Left: Poster No. 44-PA-82. https://catalog.archives.gov/id/513543 

Right: Poster No. 44-PA-160. https://catalog.archives.gov/id/513607

Records of the Office of Government Reports, RG44, National Archives at College Park, MD

 


Left: Poster No. 44-PA-151. https://catalog.archives.gov/id/513597

Right: Poster No. 44-PA-158. https://catalog.archives.gov/id/513604

Records of the Office of Government Reports, RG44, National Archives at College Park, MD

 

上記の4枚のポスターは、「情報を漏らすと自国の船が沈む、つまり口は災いの元である。」「よけいなおしゃべりをすることで、この兵士は死ぬかもしれない。」、「沈黙は安全である。」、「米軍部隊の動き、艦船の動き、及び軍需機器について話すな。」といった意味になります。

 

米軍部隊内ではもちろん、市民の間でも、自分の家族や友人、または知り合いが兵士として戦地に赴くときに、関係情報を軽々しく他人に話してはいけないというものです。さもなければ、戦場に赴いた兵士が、むやみに死ぬかもしれないという懸念を前提としていました。何気ない会話が、身の回りにいるかもしれない敵国スパイまたは関係者を通じて敵国側に漏れるかもしれないという懸念を前提としていました。またこうした懸念は、米国内の軍事工場を含めて様々な米国の生産を担う工場や関係機関において、サボタージュ(労働争議の一つ)により工場生産率が下がるような事態の発生の可能性も前提としていました。

 


Left: Poster No. 44-PA-159. https://catalog.archives.gov/id/513606

Right: Poster No. 44-PA-154. https://catalog.archives.gov/id/513600

Records of the Office of Government Reports, RG44, National Archives at College Park, MD

 


Left: Poster No. 44-PA-146. https://catalog.archives.gov/id/513593

Right: Poster No. 44-PA-297. https://catalog.archives.gov/id/513744

Records of the Office of Government Reports, RG44, National Archives at College Park, MD

 


Left: Poster No. 44-PA-162. https://catalog.archives.gov/id/513608

Right: Poster No. 44-PA-99. https://catalog.archives.gov/id/513552

Records of the Office of Government Reports, RG44, National Archives at College Park, MD

 

上記の6枚のポスターも「沈黙は安全なり。」というスローガンをもとにしたもので、「言論の自由というものは、軽々しいおしゃべりをすることではない。」、「話すことまたは書くことにおいては注意せよ。」、「だまされる人間にはなるな。口を閉じよ。」、「唯一の秘密とは、誰にも決して話されないものである。」、「彼はあなたを見ている。」といった言葉が並べられています。

 

こうした情報管理に関するポスターのうち、「彼はあなたを見ている。」(He is watching you.)というものついては、ニューヨークやニュージャージーの当時の鉄鋼業を含め軍需産業を担う会社の工員たちへのインタビューをまとめたポスタースタデイ(Poster Study)という報告書もありました。このポスターを見て、インタビューの半数ちかくが、軍需産業に携わっている自分たちであるからこそ、よけいなことは言わないようにすることが大事であると理解し、残りの半数は、スパイ行為やサボタージュ行為に対して目を見張ることが必要であったり、または現在の作業にしっかり従事して増産を目指すことが大事であるといった理解を示したことが書かれていました。インタビュー先によっては、個々人の感想をこまめに掲載しており、そこには、「こうしたポスターはインパクトが大きい。」、「彼は敵のことを意味すると理解するが、あいまいであり、ドイツ、イタリア、日本などもっと具体的に提示すべきである。」、「ヘルメットを見る限りドイツのナチ兵士と見えるが、目は日本兵みたいである。」、「自分の上司から見張られているようだ。」などといったものまであり、そこまでいちいち報告書にまとめているところはとても興味深いと思いました。当時の米国政府側は、戦争体制において、米国民をいかに総動員していくのかをかなり細かなところまで注意して検討していたことが伺われると思います。

 


Report on Raction of War Workers to the Poster “He’s watching you” Office of Facts and Figures Bureau of Intelligence April 14, 1942. Records of the Office of Government Reports, RG44, Entry PL-35-162 Box 1784. National Archives at College Park, MD

 

また、同時に米国政府は、米国の各地域の米国市民の間の「噂」についても情報を収集し、彼らの意識についても留意をしていたことがわかります。下記の右の資料は、1942年9月12日付けの、「戦時における噂に関する研究」という報告書では、ニュージャージー州のニューブルンズウィックという町と、メーン州のポートランドという町の人々にインタビューを行い、人々の間で出回っている「噂」について分析をしているような資料もありました。この地域の人々の中には、連合国側の英国への反感や、ユダヤ人への差別感情、また砂糖やガソリン不足の現状に対して本当は軍や政府がどこかに隠しているのではないかといった疑惑の念があるなども書かれていました。こうした米国民の間の「噂」というものがもつ潜在力については心理作戦の観点からはまだよく知られていないとして、継続的研究が必要であるとしていました。

 


Left: Poster No. 44-PA-292. https://catalog.archives.gov/id/513739

Records of the Office of Government Reports, RG44, National Archives at College Park, MD 

Right: Rumors in Two Eastern Cities Special Report No. 21 Division Surveys September 12, 1942. Records of the Office of Government Reports, RG44, Entry PL-35-162 Box 1784. National Archives at College Park, MD

 

最初に述べた4つの自由を守るために戦った米国をはじめとする連合国側も、国内では総力戦を遂行するためには、いろいろな努力をしていたことが伺われます。そうした総力戦の努力が、敵国出身の人々に対しての違和感や差別感、そして警戒心を強めていき、特に、米国内の日本人または日系人に対しては、不幸なことに日系人を特定の場所に収容するという深刻な問題にまで発展することになりました。戦時中の米国における心理作戦について、こうしたところからももっと学んでいきたいと思っています。(YN)