義和団の乱の写真

米国公文書館の写真資料室の壁際にはキャビネットが並んであり、資料請求のための手助けとなる各レコードグループのフォルダーが入っています。たまたま開けた引き出しの中に、Boxer Rebellionとタイトルのついたフォルダーがあり、写真が入っていました。これらの写真がとても興味深く、今回はそこにあったいくつかの写真をご紹介をしたいと思います。

 

Boxer Rebellionとは中国の義和団の乱のことです。1900年6月、義和団が北京にある公使館区域を包囲攻撃しました。その義和団を清の西太后が支持し、欧米列強に宣戦布告をしました。これに対し、日本、アメリカ、イギリス、ロシア、フランス、ドイツ、イタリア、オーストリア=ハンガリーの8カ国の連合軍で、出動し、約2か月後に北京を制圧し、他の地域も含めてこの乱を鎮圧しました。

 

ここにある写真に目を通してみると、1900年から1901年までの中国の風景や建物、アメリカ軍だけでなく、日本やインド兵を含むイギリスなど各国の軍服や装備なども撮影されています。

 

近年、中国は経済的発展が目覚ましく、新しい建物が立ち並び、昔と様子がかわってきていますが、中国と言えば広大な土地と歴史的建造物を連想します。

 

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GHQ資料で見つけた引揚者たち

米国公文書館ではRG(レコードグループ)331にSCAP(Supreme Commander For the Allied Powers)の資料があります。SCAPは通称GHQもしくは進駐軍と呼ばれています。

その資料の中に引揚者に関するものを見つけました。この資料は共同写真通信からの写真のコレクションです。

弊社ブログ2015年5月12日付の「戦後の引揚~シベリア抑留者の帰還」がありますが、それも合わせてお読み下さい。

 

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Amelia Earhart (アメリア イアハート)

日本でも一度はこの名前を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか?米国のカンザス州出身の女性飛行士で1932年に女性としては初めて、大西洋単独横断飛行を達成したことで広く知られています。米国では女性飛行士という肩書きや彼女が成し遂げた異例の飛行経験以外にも彼女の人柄を好む人が多くいたようで、彼女は米国でヒーローのように扱われたということです。しかし、着実に飛行士としてのキャリアを積み上げていた真っ最中、1937年、39歳の時に飛行機遭難事故により失踪し、2年後には死亡声明が発表されました。このアメリア メアリー イアハートの最後のフライトとなった飛行機遭難事故が彼女を最も有名にした事柄といっても過言ではありません。今回は米国国立公文書館にある、アメリアに関連した資料の紹介をしたいと思います。

 

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戦後の日本の風景―米軍のカラー写真から

4月半ばに入り、ようやくワシントンDC周辺も暖かくなり、桜も先週末から満開となりました。米国で桜を見るのもよいものですが、やはり日本の桜が懐かしく、恋しいと思いました。そんな気持ちもあって、今回は、米国公文書館にあります、戦後占領期の日本の風景や人々の様子をカラーで撮影した写真をご紹介したいと思います。これらのカラーの写真はすべてRG111 (Records of the Office of the Chief Signal Officer: 陸軍通信局長室資料)の中にあるもので、日本の様々な地域の風景、人々の暮らし、産業の様子などを含んでいます。

 

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タイタニック号(TITANIC)

日本でもよく知られているタイタニック号は、完成した当時は、世界最大の豪華客船として脚光を浴び、『絶対に沈まない船』とも言われていましたが、1912年4月15日に沈没してしまいました。当時、最も死者数の多い悲劇的な海難事故として100年以上経った今現在でも長く語り継がれています。

 

来月、タイタニック号沈没事故から106年目を迎えます。米国公文書館にある、タイタニック号の沈没事故に関連する資料の一部をご紹介します。

 

当時の新聞に『どのようにタイタニック号が沈んだか』という見出しで生存者の体験談が載せられていました。船が沈没し、救助船でニューヨークにたどり着いた際の生存者の方の証言を載せた新聞記事です。 

 

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