米国国立公文書館にある日本兵捕虜関係の写真

今年に入ってから、米国国立公文書館は3月1日から、再開し、アポ制度を前提としながらも現在も安定した開館を続けています。やはり実感することは、そこで原資料を閲覧することがどれほど貴重であり、素晴らしいことであるかということです。これまでの様々なプロジェクトを通じて、テキスト資料、写真資料、動画資料、マイクロ資料、空中写真資料などいろいろな媒体資料を見てきましたが、特に写真資料や動画資料は一目瞭然でわかるので、こうした資料はもっともっと多くの方々に見ていただけたらよいなと思っています。

 

今回は、この米国国立公文書館にあるたくさんの日本兵捕虜関係の写真からいくつかをご紹介したいと思います。写真のキャプションは当時の米軍が作成したものであるため、現在では不適切とされるようなことばが入っていますが、ご了承していただければと思います。

 

下記は、フィリピンのルソン島のカラバロ山周辺で投降した日本兵の写真です。たくさんの米兵達に囲まれながら、彼らから与えられた食べ物を食べています。

 

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戦争と図書2

前回の第1次世界大戦中の戦争と図書に関する記事に引き続き、今回は、第2次世界大戦及びその後の時代に焦点を当ててみたいと思います。

 

下記のポスターは、第2次世界大戦中のポスターの一つで、ドイツ・ナチスによる、大量の本の焚書(ふんしょ)―当時のナチズムの思想に合わないとされた書物が焼き払われたことを題材にして、「本は、戦争において武器である。」として、徹底的に戦うことを決意した、フランクリン・ルーズベルト大統領の言葉を引用しています。

 

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戦争と図書 

皆さんは、下記のポスターを見たことがありますか。これは、第1次世界大戦中に作成されたものです。数年前に、ある資料調査で、ペンシルバニア州の カーライル(Carlisle)にある米国陸軍の歴史研究施設である、米国陸軍遺産教育センター(U.S. Army Heritage and Education Center:USAHEC)に行きました。その日の調査を終えて、館内の博物館の展示を見て米陸軍の歴史を学び、その展示の出口にあった土産店も見て回りました。その時に、このポスターも売られているのが、目に留まり、早速買ってしまいました。このポスターの絵の様子から、第1次世界大戦中のものであることはすぐわかりましたが、「戦場に赴く、または戦場にいる兵士」と 「たくさんの本」とが結ぶつくイメージは、当時の私の頭の中にはなかったので、その意外性がとても印象的でした。しかしながら、実は、戦争の時代と図書は、密接な関わりがありました。今回は、第1次世界大戦の時代に焦点を当てて、関連する写真資料をご紹介したいと思います。

 

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戦後まもなくの子ども達

米国国立公文書館では、これまでいろいろなテーマで資料調査を行ってきましたが、そうした過程の中で、戦後の子ども達に関する写真を目にする機会がたくさんありました。今回は、そうした子ども達に関する写真についていくつかご紹介したいと思います。

 

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米国国立公文書館のと特許関係の資料から

私は昔、米国の特許やトレードマークの申請を扱う弁護士事務所で働いていたことがありました。特許の申請から特許を得るまでに米国では20か月から25か月くらいかかります。申請対象となる製品やトレードマークには、実に多様なものがありました。毎日、米国内はもちろん、日本や韓国他の国々からのたくさんの申請書類があり、それぞれの分野の専門家でもある弁護士達を事務的業務をサポートするというリーガルアシスタントの仕事は、毎日、昼食時間をまともに取れないほどのすさまじく忙しいものでしたが、特許やトレードマークに関していろいろなことを学ぶことができたと思っています。

 

さて、米国国立公文書館の資料の中には、特許及びトレードマーク関係の資料群(RG241:Records of the Patent and Trademark Office, 1836 – 1978)があります。これらの中には、とても楽しい資料がありますので、今回はそれらをいくつかご紹介したいと思います。

 

 下記は、1920年4月にイリノイ州のシカゴ市にあったキャンデイ会社による特許の申請を行ったときの資料の1部です。この会社のキャンデイのラベルは、おとぎ話に出てくるキャラクターがパレードをしている素敵なデザインになっていると思います。このキャンデイ会社の申請書が、1920年4月15日に米国特許オフィスによって受理されてから、4か月後の8月16日には、すでに承認されたことがわかります。

 

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